東京高等裁判所 平成3年(行ケ)78号 判決
第一 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当業者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第二号証(特許出願公告公報)、第四号証(平成元年三月二七日付け手続補正書)及び第五号証(平成二年八月三一日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、ビデオカセツト用テープリールに関する(公報第一欄第一八行及び第一九行)。
テープリールのハブ2の内部には録再機器の駆動軸あるいはリール支持軸を嵌入するための中空の筒状空間、すなわち支持軸受容空間5が穿たれるが(同第二欄第一五行ないし第一七行)、支持軸には周方向に適宜の間隔で半径方向に突出するリブが設けられているので、支持軸受容空間5の内壁面にも、周方向に適宜の間隔で半径方向内方に突出し軸方向にわたる、支持軸係合リブ6が複数隆設される(同第二欄第一八行ないし第二四行)。そして、ハブ2は、ハブ外周面2dを画する外筒部分8と、支持軸受容空間を画する内筒部分9の二重構造のものが多いが(同第二欄末行ないし第三欄第四行)、内筒部分9は、係合リブ6の背部の部分9aと溝7の底の部分9bで肉厚が異なるため、強度差が大きくストレスがうまく分散せず、かつ、成形後の硬化時に、係合リブ6の背部の肉厚部分が9aが硬化ムラを生じて歪みの原因となりやすい。また、成形時の射出ゲートは支持軸受容空間5の中心Pとするのが一般的であるため、比較的大きな湯路となるリブ部分を通つて比較的小さな湯路となる固定フランジ1bに向かう流速に差を生じ、ハブとフランジの境目等に「ひけ」と呼ばれる成形不良箇所を生じやすいという問題点があつた(同第三欄第一五行ないし第二九行。別紙図面Aの第三図)。
本願発明の技術的課題(目的)は、係合リブ6の成形不良を防止し、強度分布を極力均一にするとともに、全体の成形不良を回避することである(同第三欄第三〇行ないし第三五行)。
(二) 構成
本願発明は、上記技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(平成二年八月三一日付け手続補正書二枚目第三行ないし三枚目末行)。
本願発明の構成の特徴は、内筒部分9の肉厚部分、すなわち係合リブ6の背部の部分を、係合リブ6の両側壁に対してほぼ同程度の厚み部分9aを残して、軸方向にわたるスリツト11でえぐつた点である(公報第三欄第三九行ないし第四三行。別紙図面Aの第四図)。
このようにすると、係合リブ6の背部の部分の肉厚による成形歪みが生ぜず、また、ハブ2とフランジ1bの接続部分が係合リブ6の部分の湯路と体積ないし断面積が余り変わらないため流速の変化を抑えられ、全体の歪みを抑止できる(同第四欄第五行ないし第九行)。
さらに、本願発明は、別紙図面Aの第六図に示すように、内筒部分9から半径方向に放射状に伸びる複数のリブ12を備えている。特に、このようなリブ12が、外筒部分8のフランジ裏側におおむね相当する第2筒部8に至るまでの部分に存在すると、反対側のフランジ面とハブの接続部分において直角に分岐する湯路に溜りができるので、樹脂の均一な流れを期待し得る(平成元年三月二七日付け手続補正書二頁第一四行ないし第三頁第二行)。
(三) 作用効果
本願発明によれば、精度、成形性及び強度分布が優れたテープリールを得ることができる(公報第四欄第四〇行ないし末行)。
2 jの構成について
原告は、引用例2記載の発明は本願発明とは技術分野を異にし、また、引用例3及び引用例4は教科書的な文献であるから、これらの引用例を論拠としてjの構成が周知のことであるというのは誤りである、と主張する。
しかしながら、上記の発明の構成によれば本願発明がプラスチツク製のビデオカセツト用テープリールに関するものであることは明らかであるが、成立に争いない甲第七号証(引用例2)によれば、引用例2記載の発明は電気時計等の部品となる内側に狂いのないギヤーを有する合成樹脂成形体に関するものと認められるから(第一欄第二五行ないし第二八行)、両者は、プラスチツク成形という同一の技術分野に属する技術的思想であることは明らかである。したがつて、引用例2記載の技術的事項を本願発明の進歩性の判断のために参酌することに誤りはない。
なお、成立に争いない甲第八、九号証(引用例3、4)によれば、引用例3、4はまさしく原告がいう教科書的な文献と認められるが、これらに基づいてプラスチツク成形の技術分野における技術常識を認定することも、もとより許されることである。
そして、引用例2ないし4に審決認定の技術的事項(すなわち、プラスチツク成形において、肉厚を均一にする手段を講ずることにより、歪みを排除し精度の高い製品を得ること)が記載されていることは、原告も認めて争わないところであるが、このようなプラスチツク成形の技術分野における周知技術をビデオカセツト用テープリールに適用して本願発明のjの具体的構成を得ることに、当業者にとつて何らかの困難があつたとは到底考えられない。したがつて、本願発明のjの構成の予測性に関する審決の認定判断に誤りはない。
3 kの構成について
引用例3は上記のとおり教科書的な文献と認められ、その記載内容は当業者にとつて技術常識に属する事項と考えられる。そして、前掲甲第八号証によれば、引用例3の第二三九頁左欄第一三行ないし第一七行には、成形品の機械的強度は肉厚を増すよりも補強リブを有効に利用すべきであること、補強リブはキヤビテイ内の流れを容易にし、残留応力による変形を防ぐためにも有効であることが記載され、右欄第七行ないし第九行には、図87、図88(別紙図面D)は材料の流れを良くするとともに成形品の歪みを少なくする目的で設計したリブの例であることが記載されていることが認められる。
このようなプラスチツク成形の技術分野における周知技術をビデオカセツト用テープリールに適用し本願発明のkの具体的構成を得ることにも、当業者にとつて何らかの困難があつたとは到底考えられない。したがつて、本願発明のkの構成の予測性に関する審決の認定判断にも誤りはない。
4 ハブの構成について
原告は、審決にはハブを一体物として形成したものが本件出願前に周知のものであることの論拠が全く示されていない、と主張する。
しかしながら、周知技術とは当該技術分野において一般に知られている技術を意味するから、審決にその認定の基礎とした資料を具体的に摘示しなければならないものではない。
そして、成立に争いない甲第六号証(引用例1)の第三頁初行ないし第七行によれば、引用例1記載のリールが一八〇度づつ二分割されているのは、その間に設けられる係合爪11と係合凹部12によつて巻回するテープの端部を止着することを企図した独特の構成であることが認められ、リールのハブは一体物として形成することが通常であることは、いずれも成立に争いない乙第一号証(昭和四九年実用新案登録出願公告第一三八九二号公報)、第二号証(昭和五一年実用新案登録出願公告第四三七八五号公報)及び第三号証(昭和五一年実用新案登録出願公開第一五九一六号公報)の各記載から疑いの余地がないから、ハブの構成に関する審決の認定判断にも誤りはない。
5 本願発明が奏する作用効果について
原告は、本願発明はj及びkの構成を採用したことによつて従来技術では得られなかつた精度、成形性及び強度分布に優れたビデオカセツト用テープリールの提供を可能にした、と主張する。
しかしながら、本願発明のjの構成(すなわち、プラスチツク成形において、肉厚を均一にする手段を講ずることにより、歪みを排除し精度の高い製品を得ること)が引用例2ないし4に記載されていること、本願発明のkの構成(すなわち、プラスチツク成形品にリブを設けることによつて製品の成形性を高め強度の均一化を図ること)が引用例3に記載されていることは、上記のとおりである。
したがつて、原告主張の本願発明の作用効果は、引用例2ないし4記載の周知技術を引用例1記載の考案に適用する場合に、当業者ならば当然に予測し得た範囲の事項にすぎないというべきであるから、審決が本願発明の作用効果の顕著性を看過したとすることはできない。
6 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1ないし4記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法は存しない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
a 一対のフランジと、
b 該一対のフランジを連結するハブとから成り、
c 該一対のフランジの中の一方は該ハブの軸方向一端側に一体成形されており、
d 該ハブは、ハブ外周面を画する外筒部と、テープ録再機器側の支持軸を受容し、上記一体のフランジに開口した盲孔である支持軸受容空間を内部に画する内筒部とから成るとともに、
e 該内筒部の支持軸受容空間を画する内壁には、周方向に間隔を置き、半径方向内方に突出して軸方向にわたるリブが設けられ、
f 該リブ部分が、リブ間よりも肉厚となつている一方、
g 該内筒部と該外筒部とは、上記リブ間の部分にあつて、該内筒部と該外筒部の軸方向高さのほぼ全長にわたつて設けられた連結桟によつて互いに連結され、かつ、
h テープ端末保持部としての切欠きは、該外筒部の外周面の周方向の一部にのみ、軸方向に沿つて切り欠かれている
i プラスチツク製ビデオカセツト用テープリールにおいて、
j 上記内筒部分のリブの背後を、上記一体のフランジの表面に接する側から、該内筒部分の軸方向開放端に至るまで軸方向にわたるスリツトでえぐり、かつ、
k 上記一体のフランジの裏面に沿い、ハブ端部から少なくとも上記外筒部のある位置にまで、それぞれ放射状に伸び出し、互いには周方向に適宜間隔で離間した複数のリブを設けたこと
l を特徴とする、ビデオカセツト用テープリール
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面A
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<省略>
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別紙図面BC省略
別紙図面D
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(他は省略)